葉です☺︎
小学生時代の友人から久しぶりに連絡をもらいました˙⋆✮
YスタジオのInstagramを見てわたしの卒業文集を思い出した、という内容でした
その文集は、「10年後の自分」みたいなテーマだったはずなので、その頃12歳だったわたしは22歳のわたしのことを書いています
拙い文章ではありますが、そのまま全文公開します!(照)
タイトル『ステンドグラスへの想い」』
私は今、二十二才、東京都の私のおばさんの家で下宿しながら都内の美大に通っている。
毎日毎日、ステンドグラスのデザインを紙に描いては、納得いかず描きなおしていたが、ただ今ネタ切れで、困っている。
私は小学校の時、おばさんが話してくれたことを今も忘れない。
それは、「お客さんにステンドグラスを作ったら泣かれてしまった」という言葉。
亡なった夫が好きだったものをステンドグラスにしてほしいという依頼だった。それが私には、すばらしいと感じ、今までやってきた。
今はいそがしい日々を送っている。五時起床。朝食をし、学校に行く。
五時起床でも、毎日ゆっくり寝てはいられない。なぜならデザインを描いているから。夜も寝ずに朝まで描いている。
今は独身だから、一番の楽しみは、小学校からの友達のAさんとBさんとのメール。
だれか、新しい家ができたから私に作ってほしいと言ってほしい。だけど、会社をつくる予定だから、それから来て下さい。
そんなことを考えながら、いつの間にか私は眠っていた。
きっとその頃は裕さんのステンドグラスの仕事ってかっこいいな、くらいにしか思っていなかったかもしれません
でも、絵を描いたり物を作ることが好きだったわたしは、その頃から自分でデザインした物を形にすることに憧れがあったのは確かです
そして、お客様へ届けたステンドグラスの話を裕さんから聞いて、子供ながらに素敵な仕事だと思っていました
大人になるに連れステンドグラスを思い出す機会は少なくなり、わたしは一度別の道へ進みました
でも、そのおかげで駿平と出会って結婚し、小林夫婦に駿平の人柄と私たち夫婦の可能性を見つけていただき、ステンドグラスに触れるきっかけをもらいました
小林夫婦や駿平との出会い、他にも様々な縁が繋がり、子供の頃に感じた『ステンドグラスへの想い』を再び思い起こして、この道へ進むことができました
また、作文の最後の文章は、
”今は修行中の身だけど、いつか自分の工房を持って友人の家に素敵なステンドグラスを入れたい!” という夢を想像したものだと思います!
友人Aさん、Bさんのメールが一番の楽しみと書いていますが、今回連絡をくれたのはAさんです
わたしのステンドグラスの原点を思い起こさせてくれてありがとう☺︎



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